前回 の最後に届いた、あの請求書は何だったのか。誰宛てで、誰が支払うのか。

答えは、少し皮肉だ。

請求書は、私たちの目と脳に直接送りつけられた。

ソフトウェア工学の世界には、何十年にもわたる共通認識がある。入力作業がボトルネックだったことなど、一度もない。

Pythonが世界で最も広く愛される言語の一つになったのも、その生みの親Guido van Rossumが「コードは、書かれるよりはるかに多く読まれる 」という思想を設計の根幹に据えたからだ。

Uncle Bobは著書『Clean Code』で、さらに鮮烈な比率を示している。エンジニアが既存のコードを読む時間と、新しいコードを書く時間の比率は、もともと10対1だ

AIの奇跡は、入力に費やしていた10%のコストをほぼゼロにしたことにある。だがAIの罠は、残る90%の認知負荷を、あなたが処理落ちするか諦めるまで、ひたすら詰め込んでくることにある。

この二、三十年、ソフトウェアの世界全体が「読み、理解する負担」を減らすために、あらゆる工夫を重ねてきた。ところが今、AIはその流れを逆向きにしている。

これは生産性ではない。「レビュー税」だ。

読む、デバッグする、AIに書き直させる。その果てしないループを毎日駆け続けて、私たちは本当に目的地へ近づいているのだろうか。

それとも、加速し続けるトレッドミルの上で、ただ息を切らしているだけなのか。